できないものは頑張ってもできないという不都合な真実

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悩み
オマチです。

やればできる、できないのはやらないからだ、本気でやろうとしていないからだ、なんていう話は聞き飽きたと思いますが、今日はその話について終止符をうちたいと思います。

結論からいえば、できないものは頑張ってもできません。

根性論とかの出番ではないのですよ。

最近あった「努力しても報われない」という話

最近、東京大学の入学式で、上野千鶴子さんが祝辞を述べられましたね。

その中で、賛否両論あったわけですが、主に取り上げられたのが見出しにある言葉。

つまり、努力しても報われない(もしくは報われるとは限らない)という話。

僕からすれば、なぜ、こんな当たり前の話が問題になるのか、正直理解できません。

努力しても報われない、というのは間違っていて、それは本当に努力していないだけ、成果が出るまでやっていないだけ、といったようなことを本気で言っている人を見るたびに、残念な思いがするわけです。

一度、そういうことを本気で言っている人に聞いてみたいものです。

あなたはこれまで、努力して、全てが報われてきましたか?これからも100%報われると言い切れますか?と。

もし、イエスという回答であるならば、世界一の好運の持ち主か、何もわかっていない、単なる勘違いをしている人かのいずれかでしょう。

たとえば頑張ったら東京大学に合格できますか

こんなことを考えてみればいいと思います。

頑張ったら誰でも東京大学に合格できますか?

頑張ったら一部上場企業の代表取締役になれますか?

日本の首相になれますか?

勉強の話でいえば、まず、生まれもっての頭の良しあしがあります。

つまり、知能指数が高いとか低いとか、これは避けようがないことなのですよ。

遺伝子レベルの話であり、それに差があるのが人間という生物なのですから。

もちろん、生まれた後の訓練でカバーできる部分もあるでしょう。

ですが、誰もが頑張れば東京大学に合格できるようになれるわけではありません。

仕事もそうです。

仕事を頑張れば、会社で評価され、ある程度の職位にまで昇格できるかも知れません。

でも逆にできないかも知れません。

その分かれ道は、どれだけ努力したか?だけではありません。

どれだけ頑張っても、頑張っていない人間のほうが職位が高くなることはよくあることです。

努力よりも、それ以外の要素(忖度や人間関係、つまり上司とウマが合う合わないなど)のほうが実は大きい場合もよくある話です。

首相にしても、誰もが頑張ってなれるものでしょうか?違いますよね。

皆さんが、自分のまわりを冷静に客観的にみれば、すぐにわかることでしょう。

なぜ頑張ればできると皆は言うのか

では、なぜ、皆、頑張ればできる、努力すれば報われると言うのでしょう?

それは、人を鼓舞するための手っ取り早い方策だから。

僕はそう思っています。

頑張ってもできないかも知れませんよ、努力しても報われるとは限りませんよ、と言われて、人は(子供は)頑張るでしょうか。

もちろん、自分が興味があることであれば、そんなことを言われなくても頑張りますし、報われなくても残念ではあるでしょうが、納得がいかないということにはならないと思います。

ですが、そうでもなければ頑張らない人も多数でてくるのではないでしょうか。

僕は個人的には、頑張らない人がいても問題ないと思っているのですが、それは資本主義にとっては非常に都合の悪い話なのですね。

皆に頑張ってもらって、競争させて生産性をあげさせて、資本家がそれを搾取する。

それが資本主義ですから。

頑張ればいいことがあるよ、といってみんなをうまく競争させるわけです。

まとめ

できないものは頑張ってもできないんです。

そういう現実を受け止めること。

それが大切であり、そしてそこからがスタートなんだと思います。

だから頑張らなくてもいい、というわけではありません。

きちんと現実を直視したうえで、自分ができることを見極めてやっていこう、少しでも成長していこう。

そういう心構えが大事なんじゃないでしょうか。

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