「マチネの終わりに」読後感 ~平野啓一郎

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平野啓一郎(略歴)

1975年生まれ、福岡県出身、京大法学部卒。

1998年、京大在学中に「日蝕」を執筆、翌年、第120回芥川賞を受賞。

音楽に造詣が深く、最近Twitterでフォローして、初めて「政治にも関心が高い」ことを知った。

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マチネの終わりに

2016年出版、映画化もされた作品。かなり有名みたいです。(私が知らなかっただけ)

実は、「日蝕」以来、最近まで私は平野啓一郎の作品に触れることはありませんでした。

調べてみると、短編含め結構な数の作品を書いているのに、手にとらなかったのは不思議です。

「日蝕」が馴染みにくい文体で、私としては平野氏の作品に難解な印象を持っていたからかも知れません。

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あらすじ

蒔野という天才ギタリスト(男性)と洋子という日本人の母とフランスの映画監督の父とのハーフの国際ジャーナリスト(女性)が、 蒔野のとある演奏会後に知人を介して出会い、

お互いに惹かれあい、一度は同じ道を歩む選択をしたはずが、 「運命のいたずら」により二人は別々の道を歩むことに。

ただ、後年、すれ違いの真実を二人ともが知ることとなり、5年以上の歳月を経て、二人は 蒔野 が長いスランプとブランクを経て行うことになったニューヨークでの演奏会(マチネ)の後、

ニューヨークのセントラルパークで再会を果たす場面で、二人の愛の行方がどうなるのか?描かれないままにこの純愛小説は終わる…

【詳細は公式サイトへ】

https://k-hirano.com/lp/matinee-no-owari-ni/

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読後感

「たった三度出会った人が 誰よりも深く愛した人だった」 このフレーズに泣いた。

二人のお互いへの愛が深いが故に、運命のいたずらに翻弄され、別々の道を歩まざるを得なかったことへの無力感。

正直、読んでいる途中に、結末を知るのが怖くて読むのをやめてしまおうかとまで思った、それほどまでに二人の感情に移入できた作品。

二人の間で交わされる会話の中で、「過去は変えられる」というフレーズのが特に印象に残った。この作品は、私にそういう気づきも与えてくれた のではあるまいか。

そして、洋子は「蒔野の奏でる曲に癒される、音楽にはそういう癒しの効果がある」と作品中で語っていたが、私自身も、この「マチネの終わりに」という小説に癒された気がする。

また、小説には、他人の人生を追体験する力があるとは常々言われていることではあるが、この作品を読んで改めて再認識した次第。

正直な気持ち、セントラルパークで再会を果たした二人のその後について、平野氏に聞いてみたい気持ちでいっぱいであるが(二人が困難を乗り越え自分たちの愛を成就することを願っている自分がいるが)、

「それはご想像にお任せします」という回答が返って来るのだろうか(苦笑)

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まとめ

このような純愛小説を読んで泣けるというのは、まだ私も人間として枯れてはおらず、みずみずしいとまでは言えなくとも、少しはそういう感性?が残っていたんだなと思いました。

そして、自分が若かりし頃(と言っても、本作品の二人は40前後なのだが)、彼女(今の妻)を愛した気持ちを思い出し、自分の運命に感謝するとともに、

それを思い出させてくれた、この作品と平野啓一郎氏にお礼を言いたいと思います。

どうも有難うございました。

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